地上マイクロ波電力伝送応用

  近年、「情報のように電力も無線で送れるかもしれない」という期待が高まっている。その背景には電波技術を用いた新たなイノベーションへの期待、ICカードやRF-IDといった情報+小電力の無線デバイスの広まりと、我々を含めた無線電力伝送研究者の取り組みが再認識されたこと等が考えられる。しかし、無線電力伝送技術の「イメージ」と「実際の技術」にはまだ多少の隔たりがある。おそらく無線電力伝送のイメージは「遠くから大電力がビームのように届き、しかも電力をどこに居ても自由に受取れる」であろう。残念ながら今我々が提供できる技術はこのイメージを完全には実現できない。しかし、そのイメージに近づけるべく研究は現在も行われており、本研究室では様々な要素技術の研究やシステム研究が行われている。

  マイクロ波は、大容量情報伝送に適していること、アンテナや回路の小型化が容易なこと、放射後の直進性、大気減衰の少なさ等の理由で、携帯電話やレーダー、ETC、衛星放送等の様々なシステムで実用化されている。無線電力伝送でもこれまでの研究では多くがマイクロ波を用いて行われてきた。しかしそれはアンテナの小型化と大気減衰の少なさが主な理由であり、原理上、電磁波はどんな周波数でも電力を伝送できる。電磁波の特性を表す理論式ポインチングベクトル(単位はW/m2)を見ればそれは明らかである。ただ我々の使用する電気機器が50/60Hzもしくは直流しか対応していないため、マイクロ波のような高周波を電力として利用するためには周波数変換もしくは整流してやる必要があるだけなのである。実際マックスウェルによる電磁波理論の確立から約40年後にはテスラが150kHzの電磁波を用いた無線電力伝送実験を試みている。残念ながらテスラの実験は周波数が低すぎたために電磁波が放送と同じように拡散してしまい、ユーザーに電磁波がたどり着く頃には電力密度が薄くなりすぎ、当時のユーザーの求める電力を伝送することができず失敗に終わった。

  当時のユーザーの求める電力を無線で送るためにはフリスの公式に基づき周波数を上げるか、アンテナ利得を上げるしかない。戦後、マイクロ波の利用が可能となり、高周波と高利得アンテナが用いることが可能となると、電力をある程度1点に集中することができるようになり、1960年代以降、マイクロ波無線電力伝送研究が発展した。1975年にアメリカで行われた実験では周波数2.388GHzを用い、450kWのクライストロンと直径26mのカセグレンパラボラアンテナから1.6km先の目標に無線電力伝送を行っている。受電はアンテナとダイオードを用いた整流回路を組み合わせた「レクテナ」をアレー化し、直流を得ている。3.4 m × 7.2 mのレクテナアレーで82.5%のマイクロ波-直流変換を行い、最終的に30kWの直流を得ることに成功した。

マイクロ波を用いることである程度の電磁波の集中が可能となったものの、1975年の実験からわかるように数km先への無線電力伝送のために数十mのアンテナが必要となる。これはマックスウェル方程式で決まってしまうパラメータであるため、技術で乗り越えることは難しい。逆にパラメータを最適化すれば90%以上の伝送効率は容易に実現できる。当時はまだあまりモバイル機器が発達していなかったために有線送電との比較でコストや効率が勝負にならず、民生応用にいたらなかった。マイクロ波無線電力伝送技術は1968年に提唱された宇宙太陽発電所SPS(Solar Power Satellite /Station)を最大の応用としてその後日米で研究が発展することとなる。SPSは宇宙空間で太陽光発電することで昼夜天候に関係なく発電可能な安定大規模なCO2フリーの発電所として長年研究/検討が行われてきたが、昨今の環境問題と経済危機によるグリーンエコノミーへの期待によって注目度が向上しており、20096月に宇宙開発利用の中長期の課題として日本の宇宙基本計画に取り上げられた。これは欧米に先駆けて国策レベルでSPSが記載された初めてのことである。SPSは宇宙空間で発電することで発電量が5-10倍になるため、マイクロ波無線電力伝送の総合効率(直流-マイクロ波変換、伝搬、マイクロ波-直流変換を含む)50%としても利点がはるかに大きいため、1970年代以降のマイクロ波無線電力伝送の研究の主流となっていた。

  21世紀に入り、モバイル機器に発達とともにデジタルデバイスの発達による機器の低消費電力化により、大電力をビームにして送らず、放送のように広がった電磁波をエネルギー源とする無線電力の利用法が可能となってきた。これらは「ユビキタス電源」「Energy Harvesting」と呼ばれている。これらはバッテリーレスシステムを実現可能な技術であるが、まだ利用可能電力が小さいといった研究課題がある。

マイクロ波無線電力伝送の利点と欠点をまとめると以下のようになる。

[利点]

         ワイヤレス・電池レスの給電なので給電時間無限

         電磁波の広がる性質を利用すれば送受の位置決めがゆるい

         電磁波を集中させれば媒質(空気)の損失がほぼないため長距離になるほど有線よりも伝搬は高効率

         同時に情報伝送を行うこと(変調する)も可能

[欠点]

                                      電磁波が広がるため、媒質の損失は少ないが、送電電力に比べ受電利用可能電力が非常に小さい

                                      電磁波の広がりを抑えるためには巨大なアンテナが必要

                                      電気←→電磁波の変換が2回あるため、有線よりも総合効率は低下

                                      無線電力伝送用周波数帯が認可されていない

電磁波の「広がる」基本特性が利点と共に欠点となっている。また、マイクロ波を用いることで電磁波の広がりを抑えてシステムが成立するようになったのであるが、同時に高周波であるマイクロ波の発生/変換の効率向上の課題を抱えてしまったのである。

このような得失を考えると、電磁波を用いた無線電力伝送としては

                                                          電磁波一般の性質(=エネルギー)を利用して広がる電磁波からの「Energy Harvesting (通信と同じ「点」の思考;フリスの公式で理解できる遠方界領域)

                                                          高周波=マイクロ波以上を用いて電磁波を集中し、移動体への/からの送電を含む「定点間無線電力伝送 (SPS) (「面」の思考;フリスの公式だけでは理解しきれない近傍界領域)

がメリットをもつと考えられる。さらに空間伝播をさせなくても、閉鎖空間でも電磁波は伝播できるために、

                                                          ()閉鎖空間もしくは近接距離での「高密度無線電力伝送」 (「伝送線路」の思考)

という電力伝送も可能である。閉鎖空間利用もしくは近接距離での送電によりマイクロ波の拡散を抑え、高効率送電を可能とする。

  電力密度の観点でまとめると以下のようになる。

         <1μW/cm2 (通信電波の2次利用) (エネルギー視点なし) (Energy Harvesting)

         10-100μW/cm2 (RF-ID級システム)(電波法の縛り。通信と併用) (Energy Harvesting)

         <1W/cm2 (生体への安全性の縛り) (Energy Harvesting)(「無線電力伝送」)

         1-100W/cm2 (フリスの公式による現実的なシステムサイズの縛り) (「無線電力伝送」)

         >-数十W/cm2 (半導体の限界) (「無線電力伝送」)(()閉鎖空間」)

受電点でのこの電力密度に、レクテナの有効開口面積と変換効率をかけると得られる電力となる。Energy Harvesting」は、電磁波を用いるもの以外に、PowerMEMSを用いた振動発電や熱発電等、その場で周囲の様々なエネルギーを用いてμW-mWを発電する手法が存在し、近接距離での無線送電はコイルを用いた電磁誘導や共鳴送電も存在する。それぞれ一長一短あるため、目的のアプリケーションに応じて選択することが重要である。

京都大学以外にもマイクロ波無線電力伝送は国内で研究が盛んであり、まだ米国よりも技術的優位性はある。しかし、MITの共鳴送電の発明を皮切りにした無線電力伝送研究、バッテリーレスシステム研究の盛り上がりはアメリカでも高まっており、Intelも電磁波によるEnergy Harvestingや共鳴送電の研究を開始している。欧州はEnergy Harvestingの研究が盛んであり、やNokiaも電磁波によるEnergy Harvestingの研究を行っている。今後研究の競争が激化すると思われる。

マイクロ波無線電力伝送技術のポイントは大きく3つに分類される。(1) マイクロ波発生技術、(2) 効率よく送受電を行うためのアンテナ技術及びビーム制御技術、(3) マイクロ波から電力への変換技術である。マイクロ波発生技術は基本的には通信や加熱技術と同等であるが、効率が特に重視される点や、発生させる電磁波に変調をかける必要が特にない点が通信技術とは異なっており、また変調をかけなくても電波法の規制内の電磁波の質を求められる点が加熱技術とは異なっている。ビーム制御は効率よく無線電力伝送をする必要であるが、「ユビキタス電源」等では通信的な電力ばら撒きと収穫を行うためにあまり重視されない場合がある。マイクロ波の受電・整流はレクテナを用いる。レクテナはマイクロ波送電に特有の技術である。規模が大きくなると複数のレクテナをアレーとして用いる。無線電力伝送技術も通信技術も加熱技術も同じ電磁波技術であり、同じマックスウェル方程式で記述されることに変わりはない。

マイクロ波無線電力伝送のキーテクノロジーはまずレクテナである。マイクロ波を受電整流し、直流を得ることができるレクテナはすべてのマイクロ波無線電力伝送システムに必須である。マイクロ波無線電力伝送で要求される高効率の変換(整流)効率を実現するためにシングルシャント整流回路を用いることが多い。この点が通信で用いる半波整流回路で二乗検波や線形検波を行う検波回路とは大きく異なる。シングルシャント整流回路は図のようにダイオード1つを用い、λ/4線路とキャパシタCを出力回路とする全波整流回路である。レクテナの効率はピークでは80-90%と高いが、ダイオードのV-I特性に依存した入力マイクロ波強度依存性と接続付加依存性をもつ。入力マイクロ波が弱い、もしくは接続負荷が小さい場合はダイオード端に十分な電圧がかからないため、ダイオード端にかかる最大RF電圧に対する立ち上がり電圧VJの占める割合が大きいため、効率が低くなる。逆にマイクロ波入力が強すぎる、もしくは接続負荷が大きすぎる場合はブレークダウン電圧Vbrを超えてしまうため、効率が最大よりも下がる。レクテナではダイオードのブレークダウン電圧ぎりぎりで動作させることで検波回路よりも高効率化しているとも言える。その他、レクテナの効率はダイオードの直流抵抗や浮遊容量等によっても低下するため、ダイオードパラメータが高効率レクテナ設計には重要である。レクテナが最高効率で動作させるための最適入力電力や最適抵抗はダイオードパラメータとダイオードにかかる電圧で決まる。応用システムによって必要な電圧や電力、負荷は異なるため、レクテナの最適入力電力や最適抵抗を最適化することが必要であり、また研究課題でもある。

 

 

レクテナ用シングルシャント整流回路

 

レクテナのRF-DC変換効率入力マイクロ波強度依存性もしくは接続負荷依存性

 

  マイクロ波無線電力伝送、電磁誘導、共鳴送電、PowerMEMS等を用いたEnergy Harvesting等、バッテリーを用いずとも電気を利用するシステムが様々登場している。今後はそれぞれの特徴を生かし、最適なアプリケーションを選ぶことが大切である重要なのはバッテリーレス・ワイヤレスでも電気が利用できる、というコンセプトであり、現在の日本の技術優位性を生かすためにも早急にバッテリーレス・ワイヤレス産業を日本発で始めることである。さらにその将来はエネルギー問題・環境問題を解決できる宇宙太陽発電所へも繋がる。無線電力伝送技術はグリーンエコノミーにマッチした新技術であり、将来有望な技術である。