宇宙


好奇心と科学

 松本 紘

  好奇心が科学する心の源泉とよく言われる。その通りであろう。赤子はつぶらな瞳で、あらゆることに興味を示す。ところが、最近は幼稚園にあがるまでに「お受験」競争のレールに乗せられる子供たちは昔と違い、好奇心や疑問を持つ前に、あふれるばかりの情報を与えられ、消化しきれなず、周りへの好奇心は次第に消えてゆく。たとえ、何か疑問に思ったりしても、ほとんどの場合、答えが用意されていたり、インターネットで調べてそれで満足してしまうのではないだろうか? 自分で工夫をしたり、こういう風にしてみたいなあ、と夢見ることは少ないように見える。情報洪水とおせっかい過多のなせる業であろう。教育的観点からいうと今流行のIT(アイテー)革命も「あ、痛(いて)え!革命」ということにもなりかねない。ネット上の情報を鵜呑みにせず、自身で消化し、考えた上でそれを利用するという習慣が欠けてしまってはいないか?
  その延長線上で、大学生、大学院生、研究者でも「好奇心」に基づくというか、「こういうことを知りたい、こんなことを実現したい」という強い「動機」を持って研究に取り込む者は少ないように見える。多くの場合、こういう道をたどるのではないだろうか? 研究者の卵の時代に、研究テーマを与えられ、その研究が学会で発表できるようになる。すると、学会や学会誌に溢れる情報に翻弄され、自分で考え、自分の本当にしたいことを見失い、論文や学会の流れに乗って、「少しだが、確実に前進」というテーマに流されてしまう傾向はありはしないだろうか?なぜ、この研究をするのか自問することが必要である。
  かく言う私自身も反省が必要である。もう、30年以上も研究環境の場に居続けると、どうしても時流に流されてしまっている己に気づき、ぞっとすることがある。自分では「知りたい」「この問題を解決したい」「こんなことを実現して社会に役立ちたい」「人のしていないことをしてみたい」と思うように心がけてきたが、なお、お釈迦様の手のひらの孫悟空と気づくことがある。で、最近は努めて「科学のための科学(Science for Science) 」(つまり、学界の最先端の問題を知的に押し進める仕事)に加えて「社会のための科学(Science for Society)」を強く意識しようとしている。後者はともすると「社会の時流に迎合する科学」となりやすいので注意を要するが。
  こんな観点から「太陽地球系科学」を位置づけ、何が自分にできるだろうかとささやかに考え、もがいてきた。そもそも、太陽地球系科学というのは地球を太陽系の惑星として強く認識し、その環境を学術的に理解し、将来の人類社会に役立てようとする学問であろう。前半は「虚学」後半の「実学」の立場である。「実」に引きずられない「理想的な学術大系」の世界が前者であり、「虚」の域をでて「想像を創造に」というのが後者ともいえる。しかし、後者はさらに「儲け」につながる「実業」とも大いに関係があるため、これを低く見る傾向が昔にはあった。しかし、筆者はそうは思わないことにしている。「実」といのは実は「国民生活」と読む方が良い。
  最近の筆者の研究方向は、太陽地球系プラズマ物理学を礎とし、それを足がかりに太陽系文明への移行に貢献できる宇宙科学、宇宙開拓を目指している。図は筆者がここ15年あまり取り組んできた宇宙太陽発電所の概念図と最近の研究室の実験設備「METLAB(マイクロ波エネルギー電送実験室)」である。最初は送電に使うマイクロ波が自然界で観測する電磁波、プラズマ波に比べ、あまりに高強度であるので、非線形プラズマ効果によるエネルギー送電損失やプラズマ波励起に興味を持った。その後、物理実験としてのMINIXロケット実験をおこない、次第に宇宙研の宇宙工学関係者、全国の電子工学関係者、宇宙開発事業団、通産省、郵政省などとの連携、共同研究へと向い、SPSの実現に情熱を傾けている。もちろん、文部科学省がこの分野をリードしていると自認しているし、実際に応援をいただいている。
  名古屋大学の太陽地球環境研究所は、幅広い研究活動で実績を上げられ、また全国共同利用研究所として高い評価を得られている。ぜひとも、「好奇心と科学」をさらに強く意識され、基礎科学から応用科学まで、Science for Science に加え、宇宙天気学のような Science for Society も強化され、太陽系文明へ基礎固めを共に築いてほしいと願っている。


≪2001.04≫



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